「自分が成果を出す人」から「人が成果を出せる構造をつくる人」へ
「一番仕事ができる人を管理職にする」という落とし穴
会社の中で管理職を選ぶとき、多くの企業がごく自然に行っていることがあります。それは、「最も成果を出した人を昇進させる」という人事です。営業成績トップの社員を営業課長にする。技術力の高いエンジニアを技術部門のリーダーにする。難しい仕事を一人で処理できる社員を管理職にする。一見すると、非常に合理的に見えます。
しかし、私は長年、国内外の現場でプロジェクト、新規事業、人材育成、組織づくりに関わってきた中で、この考え方には大きな落とし穴があると感じています。
なぜなら、「自分が成果を出す能力」と「他人が成果を出せるようにする能力」は、まったく別の能力だからです。
トッププレイヤーとは、自分という一台の車を速く走らせることに長けた人です。しかし管理職になった瞬間、仕事が変わります。自分が速く走ることではなく、10台、20台の車が安全に速く走れる道路をつくらなければならない。道路の穴を見つけ、障害物を取り除き、標識を設置し、ルールを決め、事故が起きれば道路そのものを改善する。
つまり、管理職への昇進とは、プレイヤーの上位職になることではありません。
職種が変わることなのです。
ところが、多くの会社では肩書きだけを変え、この「職種転換」を教育しません。その結果、トッププレイヤーだった人が、管理職になってもトッププレイヤーの仕事を続けてしまいます。
入社1ヶ月で「イタリア行ってこい!」
私自身、この問題を考える原点となった経験があります。
新人として入社してわずか1ヶ月ほどのとき、「イタリア行ってこい!」と長期出張を命じられました。英語のできないリーダーを補佐する役割でした。
当然、私自身も新人です。分からないことだらけでした。
そこで、出張先には厚さ10センチほどもある顧客用の装置マニュアルを、英文と和文の両方、合計8冊持っていきました。毎晩、どれほど仕事が忙しくても必ず1時間はそれらを読み込みました。朝になれば顧客とのマネージャーミーティングに参加し、スケジュールの進捗や必要なものについて話す。その後は現場へ入り、装置の立ち上げ作業を先輩から学ぶ。
昼間は実践、夜は勉強。その繰り返しです。
その結果、約6ヶ月後には一人で装置を立ち上げられるようになりました。
このとき私は、まず「自分ができるようになる」というプレイヤーとしての基礎を徹底的に身につけました。しかし、ここで終わらなかったことが、その後の私の仕事の考え方を大きく変えることになります。
26歳、新人1年目で大型プロジェクトを任された
新人1年目、26歳のとき、今度はアメリカで大型プロジェクトのプロジェクトリーダーを任されました。
大量の装置があり、部下がいる。しかし英語で顧客とコミュニケーションできるメンバーはほとんどいませんでした。そのため、客先とのコミュニケーションは基本的に私を通ることになります。
しかも私はプロジェクトリーダーでありながら、装置のインスタレーションが終わった後のことまで考え、自分自身も特殊な装置を2台担当しました。
さらに、フィールドエンジニアの営業所立ち上げ、現地人材の採用、教育、マニュアル化、データ化まで進めていきました。
当然、仕事は増えます。
そこで初めて、私は経営にも通じる非常に重要な問題に直面しました。
「自分ができること」と「自分がやるべきこと」は違う。
自分が全部やれば、その瞬間は速いかもしれません。しかし仕事が増えれば、やがて自分の24時間が限界になります。
そこで、「どうすれば人材を早く立ち上げられるのか」「どうすれば自分が手を離せるのか」を考えるようになりました。
後から振り返れば、ここが私にとって構造化、仕組化、そしてハンズオフという考え方の原点の一つだったと思います。
「自分でやった方が早い」は、管理職にとって危険な言葉
もちろん、私も最初からうまくできたわけではありません。
誰もやる人がいない仕事を「では、自分がやります」と引き受け続けた結果、仕事がまったく終わらず、毎日夜中の3時まで働くようになった時期もありました。
いわば「一人ブラック企業」です。
これは責任感が強い人ほど陥りやすい罠です。
仕事ができる。頼まれる。断れない。自分でやった方が早い。だから引き受ける。そして成果を出すから、さらに仕事が集まる。
本人は会社へ貢献しているつもりですし、実際、短期的には貢献しています。しかし長期的に見ると危険です。
なぜなら、その人自身が組織最大のボトルネックになっていくからです。
自分でやれば30分、部下に教えれば2時間かかる。だから自分でやる。翌日も同じことが起きる。また自分でやる。これを100回繰り返したらどうなるでしょう。本人は100回働き、部下は一度も成長していません。
一方、最初の数回に時間をかけて教え、標準化し、任せれば、やがて本人がやる必要はなくなります。
つまり、管理職には「今日の30分」と「一年後の組織能力」のどちらを見るか? という時間軸が必要なのです。
仕事が世界へ広がったとき、一人の能力では支えられなくなった
その後、装置が世界中へ出荷されるようになり、ワールドワイドでのサポートが必要になりました。当時、工場側には十分な体制がなく、品質保証課にワールドワイドテクニカルサポートグループが結成され、私はその立ち上げメンバーとして一年間任務を遂行しました。
そこで起きていた問題の一つが、英語のできるメンバーへの業務集中です。
海外から問い合わせが来る。英文ドキュメントが必要になる。英語のできる人へ仕事が集まる。
これは一見、「英語のできる人材が足りない」という問題に見えます。しかし、それだけではありません。
英語のできる特定の人しか処理できない構造そのものが問題だったのです。
そこで、工場側でも対応できるようにドキュメントや情報を整備し、業務を構造化し、個人ではなく組織として運営できるようにしていきました。
この経験からも、「優秀な人を増やす」だけでは会社は強くならないと学びました。
優秀な人の能力を、どう組織能力へ変換するか。
ここまで考えるのが管理なのです。
「自分がボトルネックにならないためには?」という問い
その後、米国赴任で新規顧客を担当し、新装置の検証、実験、新しいプロセスの開発などに携わりました。
ちょうどその頃、米国のフィールドサービス組織が大きく変わり、各地のエンジニアを一つの組織へまとめる動きがありました。
私はそこで、各地域からいち早くキーパーソンを選定し、役割を与えました。優秀な現地人材をプロダクト側のテクニカルサポートとして残すためです。
なぜ、そこまで現地人材にこだわったのか。
日本から来た駐在者へ業務が集中すれば、その人は一時的には大活躍します。しかし駐在者には任期があります。数年後には日本へ帰る。すると、知識も判断も人脈も一緒に帰ってしまう。
これでは何年経っても現地化が進みません。
だから私は、
「どうすれば、自分がボトルネックにならないか?」
を考えるようになりました。
そして、もう一つ理由があります。
せっかくアメリカに来たのだから、仕事だけでなくアメリカを堪能したかったのです。
これは冗談のようですが、実は重要な経営視点だと思っています。
自分が休んだ瞬間に仕事が止まるなら、それは責任感がある証拠ではなく、組織設計に問題がある可能性があります。
部下を主役にすると、人は驚くほど成長する
私がリーダーについて考えるとき、非常に大切にしていることがあります。
それは、部下を全面に出すことです。
リーダー自身が主役であり続けるのではなく、部下を主役にする。そして、それぞれに責任を持たせる。
人は責任を与えられることで成長します。
もちろん、ただ丸投げするのではありません。後ろにはリーダーがいる。困ったときには支援する。重大な問題が起きれば自分が出る。しかし普段は、できるだけ本人に考えさせ、判断させ、顧客と話させる。
舞台に例えるなら、管理職は主演俳優ではなく、演出家へ変わる必要があります。
自分がスポットライトを浴び続ければ、部下はいつまで経っても舞台袖にいます。しかし、部下を舞台中央へ出せば、最初は失敗しても経験を積み、自分で判断できるようになります。
つまり、
プレイヤーは「自分が成果を出す人」。リーダーは「部下を主役にして、責任と経験を与えながら成果を出す人」。管理職はさらに進んで、「複数の人が継続して成果を出せる構造をつくる人」なのです。
技術力抜群のベテランが、管理職として苦しんだ理由
私は、この逆のケースも実際に経験しました。
海外経験も豊富で、技術力も非常に高いベテラン社員を、ある海外拠点のリーダーにしたことがあります。
プレイヤーとして見れば優秀です。
ところが、現地エンジニアとのトラブルが何度も発生しました。そのたびに私は現地へ出張し、ミーティングを行うことになりました。
何が起きていたのか。
技術力は抜群なのに、人を育てられない。部下の仕事を自分でやってしまう。自分と同じレベルを部下に求め、「なぜこんなこともできないんだ」と考えてしまう。自分が成功した方法を部下にも求める。仕事を渡せず、細部まで管理するマイクロマネジメントになっていく。
これは本人の性格だけの問題ではありません。
プレイヤーとして評価されてきた能力と、管理職として求められる能力が違うのです。
100点を取った生徒を、そのまま教師にしても、必ずしも優れた先生になるとは限りません。自分が理解できることと、他人が理解できるように教えることは違うからです。
そこで、評価そのものを変えました。
私たち駐在者には任期があります。だから、任期が終わるまでに現地エンジニアを独り立ちさせることを評価項目に入れたのです。
すると、見るべき成果が変わります。
「自分が何件解決したか」ではなく、「何人が自分なしで解決できるようになったか」。
ここに管理職評価の本質があります。
14億円の教育改革で必要だったのは「講師を増やす仕組み」だった
帰任後、私は教育部隊へ配属され、社内教育体制の見直しを進めました。
最初は一人から始めた改善でした。それをグループ内で一つ、また一つと広げ、最終的にはグループ会社全体を横断する一つの教育組織へ発展させました。そこで直面したのが、「自分一人で教えることには限界がある」という当たり前の事実です。
米国連邦航空局の飛行教官の教育システムを導入して、講師を育成する構造をつくりました。
さらに、人はローテーションで異動します。辞めることもあります。だから特定の講師がいなくなっても教育が止まらない仕組みにする必要があります。教育を標準化し、統一し、一元管理し、講師そのものを育成する。その結果、教育関連費で約14億円の削減につながり、社長賞をいただくことになりました。
重要なのは、私一人の教育能力を高めたから14億円の成果が出たのではないということです。
一人の能力を、組織の構造へ変えたから成果の桁が変わったのです。
300億円市場を生んだプロジェクトで、部下を前面に出した
その社長賞をいただいた社長から直々に呼ばれ、私は次世代装置の開発と製品化プロジェクトのヘッドとして再びアメリカへ渡ることになりました。
現地7名で5つのプロジェクトを抱えながら、最終的に3台をプロダクト化し、約300億円規模の市場獲得につながりました。その先には約3,000億円規模の市場を狙う展開まで広がっていきました。
しかし、最初から格好良くマネジメントできていたわけではありません。当初は毎日2〜3時間ほどしか仮眠できないような状態でした。これでは続きません。
そこで、人材育成と業務分担をプロジェクト構造そのものへ組み込みました。
ポイントは、ここでも部下を主役として前面に出すことでした。
それぞれに責任を持たせる。一方、私は全体を把握し、緊急時には自分が対応できるよう、装置全体についてトラブルシューティング、メンテナンス、立ち上げ、オペレーションまで対応できる状態を維持しました。
つまり、「任せる」と「知らない」は違います。リーダーは仕事を手放します。しかし、責任まで手放してはいけない。
半年ほどすると、ローテーションで休めるようになり、一年後には土日や長期休暇まで取れる構造ができました。
そして帰任するときには、ほぼ引き継ぎなしで後任へバトンを渡せる状態になっていました。
私はこれを、管理職として非常に重要な成果だと思っています。
自分がいなくても回る状態をつくってから去る。
管理職の究極の仕事は、自分を必要不可欠にすることではありません。
自分がいなくても成果が出る状態をつくることなのです。
引き継いだのに、前の部署から問い合わせが来た
もちろん、仕組みをつくればすべて解決するわけではありません。
教育の統一化、標準化を進め、外販まで始めたことで、私の権限と守備範囲は広がっていました。その後、後任育成を終え、アメリカ赴任に伴って部署異動が決まりました。
私は部内全体に引き継ぎミーティングを行い、必要なファイルもイントラネット上のフォルダーへすべてアップロードし、メールで全員へ通知しました。
それでも異動後、前の部署から問い合わせが来ました。ときには、その部署の部長からも問い合わせがありました。
私は思わず、
「あなたは何のために部長をしているのですか?」
と叱ったことがあります。
少し厳しい言葉ですが、ここには大切な意味があります。
情報を渡しただけでは、組織は自立しません。
管理職自身が「自分たちで判断し、自分たちで回す」という責任を持たなければ、どれほどマニュアルやデータを残しても、前任者依存はなくならないのです。
管理職は「道路を走る人」から「道路をつくる人」へ変わる
私は以前から、管理職を道路に例えて考えています。
トッププレイヤーは、アウトバーンを360km/hで走れるフェラーリのドライバーです。非常に高い能力を持っています。
しかし、その人を管理職にした瞬間、仕事は変わります。もう自分だけが360km/hで走っていてはいけません。
道路の穴を直す。障害物を取り除く。標識を整える。事故が起きる場所を改善する。給油できる場所をつくる。ドライバーを育てる。そして複数の車が安全に高速で走れる状態をつくる。
これが管理職です。
だから、部下の成果が悪いとき、最初に「もっと頑張れ」と言ってはいけない。
道路に穴が開いていないかを見る。
承認が遅いのではないか。必要な情報がないのではないか。教育が不足していないか。判断基準が曖昧ではないか。会議が多すぎないか。仕事が一部の人へ集中していないか。
これらを取り除くのが管理職の仕事です。
GHOST経営™で考える「管理職の本当の成果」
GHOST経営™では、属人性を減らし、会社の能力を個人から構造へ移していくことを重視します。
その意味で管理職は、経営OSを現場へ実装する重要な存在です。
プレイヤーの成果は比較的簡単に測れます。売上、処理件数、品質、開発成果などです。
しかし管理職は、違う指標で見る必要があります。
自分がいなくても部下が判断できるか。部下が成長しているか。仕事が標準化されているか。後継者が育っているか。問題が再発しない構造になっているか。そして、自分の時間がより上位の仕事へ移っているか。
つまり、
プレイヤーは「自分の成果」で評価する。
リーダーは「部下を主役にし、責任を持たせ、成長させた成果」で評価する。
管理職は「チームが継続的に成果を出せる構造」で評価する。
経営幹部は「複数組織が連動して成果を出せる構造」で評価する。
経営者は「会社全体が長期的に成果を生み続ける経営OS」で評価する。
階層が上がるほど、「自分が何をしたか」から「自分がいなくても何が起きるようになったか」へ、評価軸を変えなければならないのです。
経営の本質
私は新人時代、一人で装置を立ち上げられるようになるために、毎晩マニュアルを読み続けました。
そこでは「自分ができるようになること」が成長でした。
しかし仕事が大きくなり、国をまたぎ、部下が増え、プロジェクトが増え、組織をつくるようになると、それだけでは足りなくなりました。
自分ができる。
次に、人へ教える。
人へ任せる。
部下を前面に出す。
責任を持たせる。
失敗させ、考えさせる。
標準をつくる。
教育する人を育てる。
後継者をつくる。
そして最後には、自分がいなくても回るようにする。
これが、プレイヤーから管理職、そして経営へ進むということだと私は考えています。
優秀な人ほど、自分で問題を解決できます。だからこそ危険なのです。問題が起きるたびに自分が解決すれば、周囲はその人を頼るようになります。そして本人も「自分がいなければダメだ」と感じ始める。
しかし、本当に優れた管理職は逆です。
自分がいなくても大丈夫な人と組織をつくります。
自分の知識を渡し、自分の仕事を渡し、自分の判断基準を渡し、最後には自分の役割さえ次の人へ渡していく。これは自分の価値を失うことではありません。自分がいた場所を誰かが担えるようになったからこそ、自分はさらに大きな仕事へ進めるのです。
トッププレイヤーを管理職にすることが間違いなのではありません。トッププレイヤーのまま、管理職にしてしまうことが間違いなのです。
経営の本質とは、優秀な人を見つけて、その人に仕事を集中させることではありません。
一人の優秀さを十人の力へ変え、十人の力を百人へ広げ、その能力が人の入れ替わりを超えて会社に残り続ける構造をつくることです。
管理職とは、人を管理する人ではありません。
人が育ち、人が判断し、人が成果を出し、そして次の人を育てられる「構造」をつくる人なのです。
