社長が決める会社から、組織が判断できる会社へ

「社長に確認してから」が会社の成長を止めている

「ちょっと、社長に確認してから回答します。」

お客様から見積もりの依頼を受けた営業担当者が、そう答えます。社長は朝から外出しており、電話をしてもつながりません。メールを送っても返事は夕方か翌日です。その間、お客様は回答を待ち、営業担当者も次の仕事へ進めません。

別の部署では、外注先の選定について社長の承認を待っています。現場では追加工事の判断ができず、作業が止まっています。経理担当者は設備購入の決裁を待ち、人事担当者は採用候補者への回答を保留しています。

誰も怠けているわけではありません。社員は真面目に働き、社長も朝から晩まで懸命に仕事をしています。それなのに、会社全体の動きが遅くなっていくのです。

これは特定の企業の話ではなく、成長途中の会社で起こり得る典型的な状況です。

私は、ここに経営の大きな落とし穴があると考えています。

会社が小さいうちは、社長がすべてを判断することに合理性があります。顧客のことも、商品も、社員の能力も、資金繰りも、社長が最もよく知っているからです。社長が決めた方が速く、間違いも少ないでしょう。

しかし、会社が成長すると状況は変わります。

社員が増え、顧客が増え、商品が増え、判断しなければならないことも増えていきます。一方で、社長の一日は24時間のままです。

つまり、会社の規模は大きくなっているのに、意思決定の能力は社長一人分のままなのです。

この状態を放置すると、会社は成長すればするほど遅くなります。

社長の机は、いつから会社最大のボトルネックになるのか

高速道路を想像してみてください。

車が少ないときは、どの車も順調に走っています。ところが交通量が増え、道路の処理能力に近づくと、少しのブレーキが後続車へ伝わり、渋滞が発生します。

会社の意思決定にも、これと似た現象があります。

例えば、社長が一日に20件の判断を処理できるとします。毎日10件程度の相談なら、余裕を持って対応できるでしょう。しかし、相談が18件、19件と増えれば、社長はほぼ一日中、判断に追われることになります。

そこへ突然、重要顧客からのクレームが入ったらどうでしょう。社長がその対応に半日使えば、ほかの判断は翌日へ繰り越されます。

翌日も新しい相談が届きますから、承認待ちはさらに増えます。

このように、処理能力の限界に近づくと待ち時間が急激に増えやすくなる現象は、待ち行列の理論でも説明できます。

しかも、経営判断の場合、待っているのは書類だけではありません。

社員が待っています。顧客が待っています。協力会社が待っています。場合によっては、設備や工事そのものが止まっています。

社長にとっては、わずか5分で済む判断かもしれません。しかし、その5分の判断が翌日になれば、関係する10人の仕事が止まることもあるのです。

ここで経営者に考えていただきたいことがあります。

社長が忙しいことと、会社が速く動いていることは、まったく別の問題です。

社長がどれほど優秀でも、社長を通過しなければ仕事が進まない構造では、社長自身が会社の成長速度を制限してしまいます。

優秀な社長ほど、判断を手放せなくなる

では、なぜ判断は社長の机に集まるのでしょうか。

私は、その原因を単純に社長の独裁や社員の能力不足だとは考えていません。

むしろ、社長が優秀だからこそ起きる場合があります。

創業から会社を育ててきた社長は、数え切れないほどの判断を経験しています。顧客の性格、商品の特徴、価格交渉、社員の能力、資金繰りなど、あらゆる情報が頭の中に蓄積されています。

だから社員が30分悩む問題でも、社長なら数分で判断できることがあります。

「それなら自分で決めた方が早い。」

この考えは、その瞬間だけを見れば合理的です。

しかし、同じことを10年間続けたらどうなるでしょう。

社長はますます判断力を高めますが、社員には判断する経験が蓄積されません。社長が答えを出し続けるほど、社員は答えを聞くことに慣れてしまいます。

さらに、社員にも心理的な理由があります。

自分で判断して失敗すれば責任を問われるかもしれません。しかし、社長に確認してから行動すれば、少なくとも「勝手に決めた」と叱られることはありません。

つまり、社員にとって社長へ確認することは、合理的な自己防衛でもあるのです。

こうして、社長は「なぜうちの社員は自分で考えないのか」と悩み、社員は「社長に聞かないと怒られる」と考えるようになります。

私は、ここに人間理解の重要性があると思っています。

人は、置かれた環境に適応します。

判断する人が評価される環境では、人は判断するようになります。判断するより確認する方が安全な環境では、人は確認するようになります。

社員が判断しないのではなく、判断しない方が合理的な組織になっている可能性があるのです。

私自身も「自分がやった方が早い」という罠に陥った

私は若い頃、誰も引き受ける人がいない仕事があると、自分から手を挙げていました。

難しい仕事を任されることは、自分の能力を高める機会でしたし、周囲から必要とされることへの承認欲求もありました。仕事量をこなすことで経験が増え、社内での信頼やポジションも獲得できました。

しかし、仕事を引き受け続けた結果、毎日深夜3時まで働くような時期もありました。自分自身を「一人ブラック」と呼べるような状態です。

私は、この経験を無駄だったとは思っていません。

若い頃に大量の仕事を経験したからこそ、さまざまな問題への対応力が身につき、物事を全体から捉えられるようになりました。

ただし、いつまでも同じ働き方を続けていては、組織を成長させることはできません。

自分ができる仕事を増やす段階から、人ができる仕事を増やす段階へ。そして、人が自分で判断できる構造をつくる段階へ。

役割が変われば、価値の生み出し方も変わらなければならないのです。

新人一年目のアメリカで気づいた「自分が窓口になる危険」

半導体製造装置メーカーに入社して一年目、26歳のとき、私はアメリカで大型プロジェクトのリーダーを任されました。

大量の装置を立ち上げる仕事でしたが、当時のメンバーには英語で顧客対応ができる人がほとんどおらず、顧客とのコミュニケーションは私に集中していました。

装置の立ち上げに加え、現地のフィールドエンジニアの営業所立ち上げ、採用、教育、マニュアル化、データ化などにも取り組みました。

当然、仕事量は増えていきます。

そこで考えるようになったのが、「どうすれば人材を早く育て、自分が手を離せるようになるか」ということでした。

自分だけが顧客と話せる状態では、自分がいなければ仕事が止まります。自分だけが装置を理解している状態では、トラブルが起きるたびに自分が呼ばれます。

その状態を続けていたら、どれほど仕事ができるようになっても、組織全体の能力は大きくなりません。

私は、この経験を通じて、仕事を自分の中に蓄積するのではなく、組織の中へ移していく必要性を強く感じるようになりました。

その後の米国赴任では、組織変更の動きに合わせて各地域のキーパーソンを早い段階で選定し、現地で技術支援ができる体制づくりを進めました。

日本から来た駐在員に判断が集中すると、任期が終わって帰国した瞬間に、また同じ問題が起こります。

現地化とは、現地社員を採用することだけではありません。

現地の人材が、自分たちで判断し、問題を解決し、次の人材を育てられる状態をつくることなのです。

7人で5つのプロジェクトを動かした判断の構造化

次世代装置開発のプロジェクトで再びアメリカへ渡ったとき、私は現地7名で5つのプロジェクトを抱えていました。

新規装置の開発には、次から次へと課題が生まれます。解決したと思えば新しい問題が見つかり、開発、検証、顧客対応を同時に進めなければなりません。

当初は仮眠が2〜3時間程度しか取れない日々もありました。

しかし、私がすべてを判断し続けていたら、プロジェクトは私の処理能力を超えてしまいます。

そこで、メンバーの能力や経験を把握し、エンジニア、スペシャリスト、エキスパートという三段階の役割を設けました。

基礎を身につける人、特定領域に強い人、複数領域に対応できる人。それぞれの能力を把握し、上位者が下位者を育てる仕組みをつくったのです。

さらに重要だったのは、部下を主役として前面に出したことです。

私がすべての顧客対応をするのではなく、部下が責任を持って対応する。私がすべての問題を解決するのではなく、部下が自分で考え、判断する機会をつくる。

もちろん、責任者として全体を把握することは必要です。私は装置全体について、立ち上げ、メンテナンス、オペレーション、トラブルシューティングまで対応できる状態を維持していました。

しかし、それは普段から私がすべてを行うためではありません。

必要なときに支援できる状態を保ちながら、日常の実行と判断をチームへ移していくためです。

その結果、半年ほどでローテーションによって休めるようになり、一年後には土日や長期休暇も取れる体制が整いました。

三台の装置を製品化する成果にもつながり、帰任時には、予算管理と顧客への紹介を中心とした引き継ぎで後任へバトンを渡せる状態になっていました。

私がいなくても仕事が進む。

それは責任者としての存在価値がなくなったのではありません。

責任者の経験と判断を、組織の能力へ変換できたということなのです。

航空の世界では、判断基準を飛ぶ前に決めている

私は34年間の航空経験から、経営と航空には多くの共通点があると感じています。

例えば、計器を使って滑走路へ進入する場合、あらかじめ定められた最低高度や視認条件などが重要になります。

必要な条件を満たさなければ、進入を継続せず、進入復行するという判断が求められます。具体的な条件は進入方式や運航規則によって異なりますが、重要なのは、緊迫した場面で判断基準を一から考え始めるわけではないということです。

事前に条件を確認し、必要な手順を準備しておきます。

なぜでしょうか。

判断が必要になった瞬間には、すでに時間的な余裕が少ないことがあるからです。

経営も同じです。

顧客から値引きを求められたとき、毎回社長に相談するのではなく、どの条件なら担当者が判断してよいのかを決めておく。

品質問題が起きたとき、誰が作業を止め、誰へ報告し、どの条件で再開するのかを決めておく。

つまり、判断を速くするためには、判断が必要になる前に、その基準を設計しておくことが重要なのです。

任せることと、丸投げすることは違う

「社員に任せてみたのですが、結局うまくいきませんでした。」

経営者から、こうした話を聞くことがあります。

しかし、詳しく確認すると、判断基準や権限の範囲を明確にしないまま、「自分で考えてやってみろ」と指示している場合があります。

これは権限移譲ではなく、丸投げです。

例えば、営業担当者に値引きの判断を任せるなら、最低限守るべき利益率、値引きできる条件、例外時の相談先、決定後の報告方法などを明確にする必要があります。

そして、その範囲内で判断した結果が期待どおりでなかった場合には、何を根拠に判断したのかを確認します。

判断基準が不十分だったなら、基準を改善する。必要な情報が不足していたなら、情報共有の方法を変える。

もちろん、重大なルール違反や不正まで許容するという意味ではありません。

しかし、合理的な判断をした社員を結果だけで叱れば、社員は次から自分で判断しなくなります。

管理職に求められるのは、部下の判断を奪うことではなく、部下が適切に判断できる環境を整えることなのです。

技術力が高い人ほど、管理職に向いているとは限らない

私は海外の拠点で、技術力の高いベテラン社員をリーダーに任命した経験があります。

ところが、そのリーダーと現地エンジニアとの間でトラブルが繰り返されました。

技術力は非常に高い。しかし、自分ができることを部下にも同じように要求してしまう。部下ができなければ自分で仕事をしてしまい、結果として部下が育たない。

私は、そのたびに現地へ出張して話し合いを行いました。

そこで見えてきたのは、技術力とマネジメント能力は別物だということです。

優秀な技術者は、自分が問題を解決することで成果を出します。しかし、管理職は、部下が問題を解決できるようにすることで成果を出さなければなりません。

そこで、現地エンジニアが独り立ちできるように教育することを評価項目に組み込みました。

すると、改善が進んでいきました。

これは、評価基準を変えることで管理職の行動が変わることを示しています。

社長が管理職を評価するときも同じです。

「どれだけ自分で判断したか」ではなく、「部下がどれだけ自分で判断できるようになったか」を見る必要があります。

社長の判断を三つに分ける

では、具体的に何から始めればよいのでしょうか。

私は、社長が一か月間に行っている判断をすべて書き出すことを勧めます。

見積もり、値引き、発注、採用、顧客対応、設備投資、人事評価など、どのような判断を何件行っているかを確認します。

そのうえで、判断を三つに分類します。

第一は、影響が小さく、やり直しができる日常的な判断です。これらは、基準を決めたうえで現場へ任せることができます。

第二は、一定の影響があるものの、あらかじめ決めた条件の範囲内で対応できる判断です。これは部門責任者や管理職へ任せ、例外的な場合だけ社長へ相談する形が考えられます。

第三は、会社の将来や存続に関わる重要な判断です。事業への大規模投資、重要な経営方針、重大なリスクへの対応などは、経営者が責任を持って判断すべき領域です。

ただし、金額が小さくても安全や法令、信用に関わる判断には慎重な管理が必要です。

大切なのは、単純に仕事を下へ流すことではありません。

誰が、何を、どこまで判断できるのかを明確にすることです。

そして、判断結果を記録し、定期的に振り返る。

こうした仕組みを繰り返すことで、社員の判断力が育ち、会社の判断基準も磨かれていきます。

判断の遅れは、利益と時間を奪っている

ここで、経営者にもう一つ考えていただきたいことがあります。

判断が遅いことによって、会社はどれほどの時間を失っているのでしょうか。

例えば、10人の社員が毎日30分、何らかの承認や回答を待っているとします。

一日で5時間、月20営業日なら100時間です。

もちろん、待ち時間のすべてがそのまま損失になるわけではありません。別の仕事を進められる場合もあるでしょう。

しかし、判断待ちによって工程が止まり、作業のやり直しが発生し、顧客への回答が遅れるなら、利益への影響は無視できません。

さらに深刻なのは、社長自身の時間です。

社長が日常の承認に一日3時間使っているとしたら、その時間を新規事業、商品開発、人材育成、経営戦略へ使えた可能性があります。

つまり、判断の集中によって失われるのは、社員の時間だけではありません。

会社の未来をつくるための時間まで失われているのです。

GHOST経営™では、こうした問題を個人の能力ではなく、経営構造の問題として捉えます。

判断基準を標準化し、権限を適切に配分し、教育と評価を連動させる。そして、判断の結果を組織の知識として蓄積する。

この循環が経営OSとして機能すれば、人が変わっても一定の判断品質を維持しやすくなります。

社長がすべてを決めなくても会社が動く。管理職が休んでも部下が判断できる。社員が経験を積むほど、組織全体の判断力が高まる。

その状態こそ、属人性に依存しない経営の姿です。

経営の本質

会社が小さいうちは、社長の判断力が成長の原動力になります。

しかし、会社が大きくなれば、社長一人の判断力だけでは限界が訪れます。

そのとき必要なのは、社長がさらに忙しく働くことではありません。

社長の頭の中にある経験、知識、判断基準を、社員が使える形へ変えていくことです。

私は、若い頃に仕事を抱え込み、深夜まで働いた経験があります。そして海外の開発現場では、部下を主役にし、判断と責任を渡し、人が育つ構造をつくることで、少人数でも大きな成果を生み出せることを経験しました。

そこから学んだのは、優秀なリーダーとは、すべての判断を自分で下す人ではなく、自分が判断しなくても組織が正しく動く状態をつくる人だということです。

社長が判断を手放すことは、責任を放棄することではありません。

むしろ、社長にしかできない判断へ集中するための経営改革です。

日常の判断を組織へ移すことで、社長は未来を考える時間を取り戻せます。社員は判断する経験を積み、管理職は人を育てることへ時間を使えるようになります。

経営の本質とは、社長がすべての正解を持ち続けることではありません。

社員が適切な情報と判断基準を持ち、自ら考え、決断し、行動できる構造をつくることです。

社長の机に判断が積み上がっている会社は、社長の能力が会社の成長の上限になります。

しかし、判断が組織の中を流れる会社では、人が育つほど判断力が増え、会社の成長力も高まっていきます。

あなたの会社では、今日も何件の判断が社長の机で止まっているでしょうか。

その一件一件は、本当に社長でなければ決められないことでしょうか。

社長の机を空けること。それは、会社の未来を考える時間を取り戻すことなのです。