利益と現金のあいだにある「見えない穴」
年商15億円を達成した社長が、喜べなかった理由
「やっと念願の15億円を超えました。」
建設・建築業を営むY社長(仮称)は、うれしそうにそう話してくれました。実際の年商は17億円。会社を経営している方なら、この数字に到達するまでに、どれほどの努力が必要だったか想像できると思います。顧客を開拓し、社員を採用し、工事を受注し、さまざまなトラブルを乗り越えながら、会社を成長させてきたのでしょう。
私はまず、その成果を祝福しました。
「おめでとうございます。やりましたね。ところで、経常利益率はどのくらいですか?」
すると、Y社長の表情が少し変わりました。
「お恥ずかしながら、まだ算出していません……」
「では、すぐに算出しましょう。」
その場で計算してみると、経常利益率は5%でした。売上17億円に対して、経常利益は約8,500万円という計算です。
「Yさん、この数字が何を意味しているか分かりますか?」
「利益漏れがあるということでしょうか?」
「利益を改善できる余地があるかもしれません。どこで利益が生まれ、どこで失われているのか、構造を確認する必要があります。このままでは純資産を十分に積み上げられず、社員の給与や賞与、将来の投資にも制約が出てくる可能性があります。」
するとY社長は、少し困ったような表情でこう言いました。
「お恥ずかしながら、決算時期になると、なぜか手元にお金が残っていないのです。」
私は、この言葉に経営の大きな問題が隠れていると感じました。
念願の売上を達成したのに、なぜお金が残らないのか。社員も忙しく働き、仕事も増え、会社は成長している。それなのに、経営者の心には安心感がない。
実は、これは決して珍しい問題ではありません。売上が増えている会社ほど、手元の現金が不足することがあります。利益が出ているのに資金が足りなくなり、最悪の場合には黒字倒産へつながることさえあるのです。
では、なぜこのようなことが起きるのでしょうか。
その答えは、社長の努力不足ではなく、売上、利益、現金を生み出す構造の違いにあります。
売上は速度、利益率は燃費、現金は燃料である
私は長年パイロットとして飛行してきました。その経験から、会社の経営を航空機の運航に例えて考えることがあります。
航空機には速度計があります。速度が上がれば、目的地へ早く到着できる可能性があります。しかし、速度だけを見て飛行するパイロットはいません。高度、エンジンの状態、燃料の残量、天候、目的地までの距離など、多くの情報を確認しながら飛行します。
経営も同じです。
売上は、いわば速度計です。会社がどれほどの事業規模で動いているかを示します。しかし、速度が速いからといって、必ずしも効率よく飛んでいるとは限りません。
そこで重要になるのが利益率です。
例えば、売上10億円で経常利益率10%の会社なら、経常利益は1億円です。一方、売上17億円で経常利益率5%なら、経常利益は8,500万円になります。
売上は7億円も大きいのに、経常利益は1,500万円少ないのです。
もちろん、業種や事業内容、成長段階によって適正な利益率は異なります。経常利益率5%という数字だけで、経営が悪いとか利益漏れがあると断定することはできません。
しかし、売上の大きさと利益を生み出す力は別物だということは分かります。
さらに、利益と現金も同じではありません。
利益率が高くても、現金が入ってこなければ支払いはできません。つまり、売上という速度、利益率という燃費、そして現金という燃料を、それぞれ別の計器として確認しなければならないのです。
売上を増やすことは会社を大きくすることですが、現金を残すことは会社を生き続けさせることなのです。
利益が出ているのに現金がないという不思議
高校生の方にも分かるように、身近な例で考えてみましょう。
ある人が100万円の商品を販売したとします。仕入れや経費に80万円かかり、利益は20万円でした。
帳簿の上では、20万円の利益が出ています。
ところが、顧客から100万円が振り込まれるのは2か月後です。一方、仕入先には今月80万円を支払わなければなりません。
さて、この人の手元に現金はいくらあるでしょうか。
売上代金がまだ入金されていなければ、利益が20万円出ていても、今月の支払いに必要な80万円を別に用意しなければなりません。
これが利益と現金の違いです。
会計上の利益は、原則として売上や費用が発生した時点を基準に計算します。一方、現金は実際に入金されたときに増え、支払ったときに減ります。
建設業では、この違いが特に大きくなる場合があります。
工事を受注しても、完成まで数か月かかることがあります。その間、材料を購入し、協力会社へ支払い、社員へ給与を支払います。工事の進捗に応じて代金を受け取れる契約もありますが、入金条件によっては多額の資金を先に用意しなければなりません。
つまり、売上が増えるほど、入金される前に必要な現金も増えることがあるのです。
成長しているのに資金繰りが苦しくなる。これは矛盾ではありません。成長を支えるための資金が先に必要になるという、事業の構造から生まれる現象なのです。
会社のお金が消えていく五つの場所
では、会社のお金はどこへ行ってしまうのでしょうか。私は、利益構造と資金構造を分けて考えることが大切だと思っています。
最初に確認したいのは、入金と支払いの時間差です。
例えば、顧客からの入金が60日後なのに、材料費や外注費を30日後に支払う場合、その差の30日間は会社が資金を立て替えなければなりません。売上が増えれば、この立替額も増える可能性があります。これを運転資金の増加といいます。
次に借入金の返済です。
銀行から借りたお金を返す場合、利息は費用になりますが、元本返済は損益計算書の費用にはなりません。利益が出ていても、返済によって現金は減ります。ここを理解していないと、「利益があるのに、なぜお金がないのか」という疑問が生まれます。
三つ目は税金です。
会社が利益を出せば、法人税などの負担が発生します。会計上の利益と課税所得は必ずしも一致しませんが、税金の支払いに現金が必要なことは変わりません。売掛金の回収より先に納税期限が来ることもあります。
四つ目は設備投資です。
建設業なら重機や車両、製造業なら機械設備などが該当します。設備の購入時には現金が大きく減る一方、会計上は減価償却によって複数年にわたり費用化される場合があります。利益と現金の動きが一致しない代表的な例です。
そして五つ目が、利益そのものの漏れです。
例えば、見積もりでは十分な利益が出る予定だった工事でも、材料費の上昇、追加作業、工程の遅延、手戻りなどによって、最終的な利益が小さくなることがあります。
これは資金の時間差とは異なり、本来得られるはずだった利益が、業務の進め方によって失われている問題です。
この五つを混同すると、対策を間違えます。
入金が遅い会社に利益率改善だけを求めても、当面の資金不足は解決しないかもしれません。逆に、利益率が低い会社が銀行借入だけで資金を補っても、根本的な収益構造は改善されません。
経営者には、何が原因で現金が減っているのかを見分ける力が必要なのです。
17億円の売上に隠れている「1%の重み」
Y社長の会社に話を戻しましょう。
年商17億円、経常利益率5%。この数字を見たとき、私は利益を生み出す構造を詳しく確認する必要があると考えました。
なぜなら、年商17億円の会社では、利益率がわずか1ポイント変わるだけで、年間1,700万円もの差が生まれるからです。
仮に経常利益率を5%から8%へ改善できれば、売上が同じ17億円でも、経常利益は8,500万円から1億3,600万円へ増えます。その差は5,100万円です。
新たに売上を何億円も増やさなくても、既存事業の収益構造を改善することで、これだけの利益増加が生まれる可能性があるのです。
では、何を調べればよいのでしょうか。
建設・建築業であれば、まず工事ごとの見積原価と実際原価を比較します。例えば、材料費500万円、外注費300万円、その他の原価100万円を見込んでいた工事があったとします。ところが完成後に確認すると、材料費が550万円、外注費が350万円になっていた。これだけで、予定していた利益が100万円減っています。
さらに、顧客から依頼された追加工事を十分に請求できていなければ、利益はもっと減るでしょう。
一件では小さな問題に見えるかもしれません。しかし、同じような工事が年間100件あればどうなるでしょうか。
ここで重要なのは、単に「現場が悪い」「見積もりが甘い」と責任を追及することではありません。
なぜ見積もりと実績に差が生まれたのか。なぜ追加工事が請求されなかったのか。なぜ原価上昇に気づくのが遅れたのか。
その原因を構造として捉えることです。
私は半導体製造装置の現場で、標準化によって年間14億円規模の利益漏れを解消した経験があります。そこで重要だったのも、個人の頑張りを増やすことではなく、仕事の進め方、判断基準、教育、情報共有を見直すことでした。
利益は、社員に「もっと頑張れ」と言えば増えるものではありません。
利益が失われる原因を取り除き、同じ仕事からより多くの価値が残る構造をつくることが必要なのです。
売上が増えるほど、会社が苦しくなる理由
ここで、もう一つ考えていただきたいことがあります。
売上を増やすことは、必ずしも会社の自由を増やすことではありません。
例えば、年商5億円の会社が10億円へ成長したとします。社員が増え、事務所が大きくなり、設備も増えました。ところが、その成長に伴って固定費も大きく増えていたらどうでしょう。
売上が少し落ちただけで、利益が急激に減る可能性があります。
これは、固定費という毎月支払わなければならない費用が、会社の自由度を制約しているからです。
また、利益率の低い大型案件を受注すれば、売上は大きく増えます。しかし、その案件へ人材や設備が集中することで、もっと利益率の高い仕事を受けられなくなるかもしれません。
経営には、売上の大きさだけでは測れない問題があるのです。
私は、ここに「時間」という視点も加える必要があると考えています。
例えば、同じ1,000万円の売上を生み出す仕事でも、社員5人が一か月かかる仕事と、標準化によって半月で終わる仕事では、会社に残る価値が違います。
作業時間が短くなれば、残業代や外注費を減らせるかもしれません。空いた時間で別の仕事を受けることもできます。
つまり、利益率の改善は、単なる経費削減ではありません。会社が保有している人材、設備、時間を、どれだけ効率よく価値へ変換できるかという問題なのです。
利益と現金を見える化する三つの仕組み
では、経営者は何から始めればよいのでしょうか。
私は、まず三つの仕組みを整えることを勧めます。
第一は、工事別・商品別・顧客別の利益管理です。
会社全体の経常利益率だけでは、どこで利益が生まれ、どこで失われているのか分かりません。工事ごとに予定原価と実際原価を比較し、差が生まれた理由を確認する。これを継続すれば、利益が出やすい仕事と、改善が必要な仕事が見えてきます。
第二は、入金と支払いの管理です。
顧客からいつ入金され、仕入先や外注先へいつ支払うのか。工事ごとの資金の流れを把握し、必要に応じて前受金や中間金、請求時期、契約条件を見直します。
第三は、将来の資金繰りを予測する仕組みです。
少なくとも数か月先、できれば半年から一年程度の資金繰りを見通し、借入返済、納税、賞与、設備投資などを織り込みます。月次の計画に加え、資金が逼迫しやすい時期には週次で確認することも重要です。
この三つがつながると、経営判断が変わります。
売上を増やすべきか、利益率を改善すべきか。設備投資を進めるべきか、資金を確保すべきか。大型案件を受けるべきか、既存事業の生産性を高めるべきか。
感覚ではなく、数字を使って判断できるようになるのです。
純資産が積み上がる会社は、何が違うのか
Y社長との会話で、私がもう一つ気になったのは純資産です。
純資産とは、簡単に言えば、会社の資産から負債を差し引いたものです。長年の利益が社内に蓄積されれば、純資産を厚くすることにつながります。
ただし、利益が出たからといって、その金額がそのまま現金として残るわけではありません。利益剰余金と現預金は別のものです。
それでも、利益を継続的に生み出し、資金の流れを適切に管理できる会社は、財務基盤を強くしていくことができます。
私は、利益率、純利益率、純資産比率を、経営構造を考えるうえで重要な指標として見ています。
なぜなら、利益は会社の未来をつくる原資だからです。
利益が残れば、人材育成へ投資できます。社員の待遇を改善できます。新しい設備や商品開発へ資金を回すこともできます。そして、不況や予期せぬトラブルに備える余力も生まれます。
反対に、売上だけが大きくても利益と現金が残らなければ、経営者は常に次の売上を追い続けなければなりません。
会社を成長させているつもりが、いつの間にか売上を維持するために働き続ける状態になってしまうのです。
GHOST経営™が目指す「利益が残り続ける会社」
GHOST経営™では、経営を個人の努力や経験だけに依存させず、成果が再現される構造へ変えていくことを重視しています。
利益についても同じです。
優秀な営業担当者が高利益率の案件を取ってくる。しかし、その人が辞めた途端に利益率が下がる。それでは会社の収益力が構造として確立されているとは言えません。
優秀な現場責任者が原価を管理し、工期を守り、利益を残す。しかし、その人しかできないのであれば、会社はいつまでも特定の人へ依存します。
必要なのは、利益を生み出す判断基準を会社の中に残すことです。
見積もりの基準、原価管理の方法、追加工事の請求ルール、発注条件、工程管理、教育、評価、そして経営指標を、一つの仕組みとしてつなげていく。
これが、私の考える経営OSです。
経営OSが機能すれば、社員が変わっても一定の品質と利益を再現しやすくなります。そして、問題が起きれば原因を発見し、改善し、その改善を次の仕事へ反映できます。
利益が出たという結果だけでなく、なぜ利益が出たのかを会社が説明できること。
私は、そこに強い会社と弱い会社を分ける重要な違いがあると考えています。
経営の本質
Y社長は、念願の年商15億円を超え、17億円という成果を達成しました。それは間違いなく、会社が成長してきた証拠です。
しかし、その日に見つかったのは、次の経営課題でした。
「売上は増えた。しかし、なぜお金が残らないのか。」
私は、この問いを持てたこと自体に価値があると思っています。
なぜなら、経営者が見るべき数字を変えた瞬間、会社の未来も変わり始めるからです。
売上を増やすために、さらに営業を頑張る。それも一つの方法でしょう。しかし、その前に既存の売上からどれだけ利益が残り、その利益がどのように現金へ変わっているのかを確認する必要があります。
売上が増えたら、利益率を見る。利益が出たら、現金の流れを見る。現金が残ったら、その資金をどう未来へ投資するかを考える。
そして、その一連の流れを、社長一人の感覚ではなく、組織全体で管理できる構造へ変えていく。
それが、努力に依存する経営から、構造によって成果を生み出す経営への転換です。
私は、経営者が目指すべきなのは、単に大きな会社をつくることではないと思っています。
利益を生み出し、現金を残し、純資産を積み上げ、人材を育て、次の成長へ投資できる会社をつくることです。
売上は、会社がどれだけ大きく動いているかを示します。しかし、その会社がどれだけ強く、長く生き続けられるかは、売上だけでは分かりません。
経営の本質とは、売上を増やすことそのものではなく、顧客へ提供した価値を利益へ変え、その利益を現金と財務基盤へつなげ、次の価値を生み出し続ける構造をつくることです。
売上という速度計ばかりを見ていないでしょうか。
利益率という燃費はどうでしょう。そして、現金という燃料は十分でしょうか。
会社を遠くまで飛ばすために必要なのは、ただアクセルを踏み続けることではありません。
目的地まで飛び続けられる、強い経営構造をつくることなのです。
